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福岡地方裁判所 昭和59年(ワ)1061号 判決 1987年10月13日

原告

瓜生哲也

右訴訟代理人弁護士

苑田美穀

山口定男

古川卓次

被告

横田重信

中島九州男

米田三男

右三名訴訟代理人弁護士

田中久敏

津田聰夫

小澤清實

諫山博

小泉幸雄

小島肇

井手豊継

内田省司

林田賢一

椛島敏雅

田中利美

山本一幸

幸田雅弘

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する昭和五九年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告らは、原告に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、旅客運送を業とするあけぼのタクシー有限会社(以下「会社」という。)の代表取締役社長であり、被告らは、いずれも会社に雇用されたタクシー運転手で、あけぼのタクシー労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。

(二)  被告らは、昭和五七年四月二〇日ころから同年一一月三〇日ころまで、連日別紙宣伝文言記載の内容の文言を宣伝カーのスピーカーで流しながら福岡市内を運行して回つた(以下これを「本件宣伝活動」という。)。

(三)  原告は、本件宣伝活動により自己の名誉及び信用を毀損され多大の精神的苦痛を受けたが、その損害は、金銭評価すれば金三〇〇万円を下らない。

よつて、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく慰謝料として各自金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年七月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因(一)、(二)の各事実は認め(但し、宣伝開始は四月一五日である。)、同(三)は争う。

三  抗弁

被告らの本件宣伝活動は、組合の活動として正当なものであり、違法性がない。

(一)  宣伝内容について

本件宣伝活動において宣伝した内容は、すべて真実である。

1 「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、労働組合を毛嫌いし、組合員に嫌がらせをしたり、差別や処分を乱発しています。」ということについて

会社は、次項で述べるとおり、組合に対し、数々の不当労働行為をなして地方労働委員会(以下「地労委」という。)において救済命令の対象となされているのであつて、これが「差別や処分の乱発」と評価されるのは当然である。

更に、会社は、非組合員が乗務中に事故を起こすと、これについては懲戒処分をほとんどせずに、その運転手の過失で人身事故を起こした場合であつても、被害者との示談で刑事処分、行政処分がなされないよう取り計らうのが通常であるのに対し、組合員が事故を起こすと、始末書を提出させて、出勤停止処分にまでしたうえ、被害者をせきたてて診断書をとらせ、組合員に刑事処分、行政処分がなされるよう取り扱つていたし、また、朝の点呼の際、組合員だけを個別に課長室に呼んで長時間ねちねちと嫌味を言い、就業時間を短くして運収低下を計つたり、無線配車の際も、組合員が応答しているのに配車しなかつたりする等の嫌がらせや差別をしていた。

これら不当労働行為は、原告が会社の代表者としてその決定、指揮にあたつていたのであつて、右宣伝内容は真実である。

2 「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も守ろうとしていません。」について

地労委が被告に対して発した救済命令としては、いずれも基本的には組合の主張が認められた昭和五一年(不)第二三号事件(会社が昭和五一年八月に被告横田及び同中島に対してなした懲戒解雇処分等に関するもの)並びに同五三年(不)第二四号事件及び同五四年(不)第二五号事件(いずれも会社が昭和五三年に被告横田及び同中島に対してなした出勤停止の懲戒処分等に関するもの)があるが、会社は右命令をそのまま履行したことは一度もなく、かろうじて裁判所によつて緊急命令が出された昭和五一年(不)第二三号事件についてのみ、履行したにすぎない(この緊急命令についてさえ不履行があり、過料の制裁を受けている。)。しかも、いずれも行政事件として係争中であり、被告は、第一、第二審で敗訴したにもかかわらず、なお上告して争い、徹底した地労委無視の態度をとつてきているのであつて、右宣伝内容は真実である。

3 「かえつて、瓜生社長は、慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。」について

会社は、従業員慰安旅行や忘年会をあけぼの会主催であると称して、これらから組合員らを排除している。しかしながら、あけぼの会は、昭和五三年、被告横田及び同中島が緊急命令により職場復帰するに際して、会社が組合に対抗するための御用組織として発足させたものであり、その運営も会社の介入のもとになされているのであつて、右宣伝内容は真実である。

(二)  本件宣伝活動の目的及び態様について

1 目的

組合は、会社の不当労働行為を地域の労働者や市民に訴えることにより、地労委及び裁判所だけでなく世論の力で被告の組合攻撃を抑え、職場内の理解者を勇気づけ、組合への加入を促す趣旨のもとに、本件宣伝活動を行つたものであり、労働組合運動本来の目的にそつた言論活動である。

2 態様

被告らは、宣伝カーを昭和五七年四月中旬ころから旧盆期間を除き同年一一月末ころまで運行したが、時間帯は午前一〇時過ぎから遅くとも午後四時三〇分ころまでとしていたし、原則として被告ら二名一組で行動し、一人は住宅街、学校の近く、信号停車中等にはマイクの音量を下げる操作をするという心配りをしていたものである。

四  抗弁に対する認否及び反論

被告らの本件宣伝活動は、組合の活動として正当なものであり、違法性がないという主張は争う。

(一)  宣伝内容について

本件宣伝活動の宣伝内容が真実であるとする点は否認する。

右文言は、原告を名指しにして「人権無視」とか「組合無視」とかいつた抽象的な中傷文言を含んでいるほか、具体的事実としても次のとおり虚構の事実を挙げている。

1 「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、労働組合を毛嫌いし、組合員に嫌がらせをしたり、差別や処分を乱発しています。」ということについて

原告及び会社が、労働組合を毛嫌いなどしていないことはもちろん、組合員の故をもつて、事故に対する処置を異にしたり、日常業務(毎朝の点呼や配車)における差別をした事実はない。

2 「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も守ろうとしていません。」について

会社は、地労委の救済命令について、履行すべきことは履行し、不服とするものについては司法判断を仰ぐべく提訴し、現在上告審等で争われている。ところが、被告らの宣伝内容は、司法判断を仰ぐべく提訴している事実を故意に隠蔽し、救済命令を絶対唯一のものとし、あたかも原告及び会社が遵法精神に欠けるかのごとき印象を与えんとするものである。

3 「かえつて、瓜生社長は、慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。」について

慰安旅行や忘年会は、従業員組織である「あけぼの会」が主催しているのであり、同会が自主的に運営しているのであるから、会社、ましてや原告とは関係がない。組合主催で同様の企画をすれば、会社はあけぼの会の場合と同じく厚生費から費用の補助をする旨明言している。

(二)  本件宣伝活動の目的及び態様について

1 目的

本件宣伝活動が正当な労働組合活動目的でなされたという点は争う。

被告らは、被告横田及び同中島が本件宣伝活動直前に起こした交通事故に関して会社がなした処分に対する報復として、本件宣伝活動を始めたのであり、このような目的に照らし、本件宣伝活動は組合活動としての正当性を有しないと言うべきである。

2 態様

宣伝カーの運行された期間については認め(但し、被告米田が参加したのは同年六月一〇日ころからである。)、その余は争う。

被告らは、連日午前八時ころから午後六時ころまで、市内一円を運行し、原告宅や会社役員の自宅周辺に押し掛け、特に、原告宅は市内でも郊外にあり周辺には老人ホームや学校もある閑静な場所であるのに、スピーカーを自宅に向けてボリュームを一杯にし、一定時間放送を繰り返し、また、原告が昭和五七年九月一〇日から同月一七日まで日赤病院に入院していたときには、同病院の回りを一周していた。加えて、その運行に際しては、会社の営業車が客を乗車させて走行しているときに、敢えてその後方を追尾して乗客に不快感を与えたり、あけぼの会が原告らに宣伝活動の中止を要望したところ同会の会長である戸田戸代一の自宅周辺に押し掛けて路地にまで入り込んできたりしていた。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一請求原因(一)、(二)の各事実は、本件宣伝活動を開始した日が昭和五七年四月一五日であるか同月二〇日であるかの点を除き、いずれも当事者間に争いがない。

右事実によれば、別紙宣伝文言記載の文言は、原告が不当労働行為をなし、地労委の命令も守らない等の違法行為をしているという具体的事実の摘示であるから、これを宣伝カーで不特定多数の者に対して宣伝する行為は、一応形式的には名誉毀損行為に該当するものと言わざるを得ない。

しかしながら、不法行為が成立するためには単に形式的に権利侵害行為が存在するだけでは足りず、その行為が実質的にも違法性を帯びたものでなければならないところ、被告らは、違法性が阻却される事情として本件宣伝活動が正当な組合活動である旨主張しているので、更にこの点につき判断することとする。

二まず、本件宣伝活動における宣伝文言に関する事実についてみてみる。

(一)  本件宣伝文言のうち「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も守ろうとしていません。」に関する事実

<証拠>を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定に反する証拠はない。

会社は、昭和四八年に原告が代表取締役に就任して以来、同人が実権を握つて運営されていたが、昭和五一年八月、組合が博多駅前においてビラをまいたことその他を理由として当時組合の委員長であつた被告横田及び書記長であつた被告中島に対し懲戒解雇処分を、その他三名の組合役員に対して懲戒休職処分をした。これをきつかけに、その後、同年一〇月ころから、後に課長となつた元組合執行委員黒岩勇夫が組合解散を呼びかけるとともに、組合を脱退したこと等から組合の組合員が減少を始め、被告横田及び同中島の懲戒解雇当時二七名であつた組合員数が、翌昭和五二年末には右被告二名のみとなり、その後僅かな増減があつて現在は被告ら三名である。

組合は、右懲戒解雇処分が不当労働行為に該当する不当な処分であるとして、地労委に対し不当労働行為救済の申立をなし(福岡労委昭和五一年(不)第二三号)、被告横田及び同中島は、当裁判所に対し雇用関係存在確認等請求の訴えを提起した(昭和五二年(ワ)第八一号)。地労委は、右救済申立事件につき、昭和五二年一二月五日、右懲戒解雇が不当労働行為であると認定したうえ会社に対し右被告両名を現職に復帰させること等を命じる救済命令を発したが、会社は、これを不服として当裁判所に救済命令取消訴訟(昭和五三年(行ウ)第一号)を提起した。当裁判所は、昭和五六年三月三一日、右救済命令取消請求を棄却するとともに前記雇用関係存在確認の請求を認容する判決をしたが、会社は、更に、いずれについても福岡高等裁判所に控訴をした(なお、雇用関係存在確認請求事件については、被告らも金銭支払請求を一部棄却された点につき控訴している。昭和五六年(行コ)第五号並びに同年(ネ)第二二一号及び同第二六九号)。その後、昭和五八年一〇月三一日には雇用関係存在確認請求控訴事件につきほぼ被告らの請求を認める判決が、昭和五九年三月八日には救済命令取消請求控訴事件につき控訴棄却の判決がなされ、右各事件は現在上告審たる最高裁判所に係属中である。

また、この行政訴訟の係属中、当裁判所は、昭和五三年三月一三日、救済命令に基づき緊急命令を発し、昭和五四年九月二〇日、緊急命令違反(勤務体系及び一時金、年功給の計算に関する違反を認めたが、処罰は勤務体系に関してのみ)により会社を過料に処した。会社は、この過料の裁判に対して即時抗告したが棄却され、これに対する最高裁への抗告も却下されている。

被告横田及び同中島が、昭和五三年三月、前記緊急命令により運転手として職場に復帰したところ、会社は、同年三月から七月までの間に、被告横田に対し五回、同中島に対し四回の出勤停止処分を、右被告両名の職場復帰直前に組合に加入した坂本常雄(以下「坂本」という。)に対し七回の出勤停止処分等をなし、昭和五四年三月二八日には、坂本に対し懲戒解雇処分をなした。組合は、右各出勤停止処分等及び懲戒解雇処分並びにその他の会社の行為が不当労働行為に該当するとして、地労委に対し救済の申立をし(福岡労委昭和五三年(不)第二四号及び同五四年(不)第二五号)、坂本については、更に当裁判所に対し懲戒処分無効確認の訴え(懲戒解雇他五回の処分についてのみ、昭和五三年(ワ)第一五七一号、昭和五四年(ワ)第七四一号)を提起した。地労委は、昭和五六年六月二三日、被告横田及び同中島に対する各出勤停止処分並びに坂本に対する五回の出勤停止処分等及び懲戒解雇処分を不当労働行為として救済命令を発したが、会社はこれを不服として、当裁判所に対し、救済命令取消をもとめる訴えを提起した。当裁判所は、同年一〇月七日、坂本に関する前記懲戒処分無効確認等請求をすべて棄却したが、救済命令取消訴訟については、坂本に関する部分の取消請求につき弁論を分離した後、昭和五八年二月二七日、被告横田及び同中島に関する部分の取消請求を棄却した。坂本に関しては、昭和五八年一一月八日、右分離後の救済命令取消請求事件手続において、依願退職を前提に前記懲戒処分無効確認等請求に対する控訴取り下げ等を含む和解が成立した。

(二)  本件宣伝文言のうち「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、労働組合を毛嫌いし、組合員に嫌がらせをしたり、差別や処分を乱発しています。」に関する事実

<証拠>を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

1  会社の従業員による自損も含めた交通事故件数は年間約一〇〇件程度であるが、昭和五三年以降昭和五七年までの間、会社が事故を起こした者に始末書を提出させたのは一六件である。そのうち被告横田が四件、同中島が一件、同米田が二件である。また、昭和五五年から昭和五七年までの間に同じく会社が出勤停止の処分をなしたのは六件であるが、うち被告横田が一件、同中島が一件であり、他に昭和五五年三月に組合員となつた(但し公表はしていない。)水流添五郎に対し同年四月になされた一件がある。

2  また、会社においては、毎朝乗務前に安全運転の徹底をはかる等のために点呼を行うが、会社の管理職員は、被告らに対する点呼の際、被告らに対し挑発的な言動を取つたり、ことさら長時間にわたつて注意をしたりしたことがあるほか、無線で配車をする際、一般にタクシー運転手にとつて有利な長距離の配車は組合員を除き、逆に不利な雨天時の配車ないし近距離の配車は組合員を充てるなどの差別的扱いも存在した。

(三)  本件宣伝文言のうち「かえつて、瓜生社長は、慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。」に関する事実

<証拠>を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

1  会社における従業員慰安旅行は、かつて会社主催の行事としてなされていたところ、昭和五二年九月、八年ぶりに再開された。昭和五三年には、被告横田及び同中島が前記緊急命令により職場に復帰した後の五月に実施されたが、参加予定者の中に右被告両名は含まれておらず、同被告らが会社に対し自分達を参加させるよう申し入れたのに対し、会社は同旅行はあけぼの会の主催であるとして同会の会員でない被告らの参加を拒否した。そこで、組合は、これが不当労働行為に当たるとして、同年六月二三日の地労委への救済申立事項の一つに掲げた。会社社内従業員慰安旅行は、翌昭和五四年には五月に実施されたが、やはり右被告両名は参加を拒否された。昭和五四年六月二日の社内報「あけぼの」(編集発行責任者は会社の取締役部長である北崎定彦)には、職場委員会名で「恒例の社内従業員旅行を本年度から、あけぼの会の自主的な運営で……」と記載されているが、その経費はほとんどが会社より援助され、また、会社の役員が出席すること、旅行コースの計画方法、宴会の式次第等その実施方法にも前年とほとんど変化がなかつた。

会社における昭和五三年の忘年会は、会社従業員全員出席のもとに行われることになつていたが、被告横田及び同中島は、それぞれの自己都合により出席しなかつた。翌五四年の忘年会は、被告横田及び同中島も出席する予定にされていたが、前日になつて会社役員が右被告らに対し、あけぼの会会員が右被告らの参加を面白くないといつている旨発言し、事実上その出席を拒んだことから、被告横田及び同中島は、結局同年及びこれ以降の忘年会に出席しなかつた。

2  なお、そもそも、このあけぼの会なる組織は、会社の従業員によつて構成された、会員の親睦、社会的地位の向上、福祉の増進を目的とする団体であるが、その結成大会に至る準備を会社管理職の者が行なつたり、昭和五三年三月五日に行われた結成大会において組合とつながりの深い坂本常雄が職場委員長に選出されたところ、その直後の同月一〇日に、五日の大会の出席者が少なかつたとの理由から会社課長室へ従業員を個別に呼び出して再投票を行なわせたり(この結果坂本は職場委員でなくなつた。)、後に、会員になることのできないものとして、「上部団体を持つ組織、組合に加入している者」と定めて組合員が加入できなくしたりした等、職場復帰が確実となつた被告横田及び同中島の孤立化をはかろうと意図する会社の影響力を強く受けた団体であつた。

三次に、本件宣伝活動の背景事情についてみてみる。

<証拠>を総合すると本件宣伝活動がなされた背景事情として以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

被告横田及び同中島は、被告横田所有の小型乗用車に拡声器を取り付けたうえ同年四月八日福岡県南警察署長の設備外積載許可及び道路使用許可を受け、同月二〇日ころから市内において別紙記載の文言による宣伝活動を開始した。

一方、会社は、被告横田が同年三月二二日に、被告中島が同年四月一一日にそれぞれ起こした各交通事故を理由として、右被告両名に対し、いずれも出勤停止一週間の懲戒処分をなすとともに、始末書を提出させていたところ、右被告らが、同年四月五日被告横田に対する処分に関し、同月二六日同中島に対する処分に関し、それぞれ、組合執行委員長横田重信名による抗議書を提出し、更に、本件宣伝活動を開始したため、同月二六日に被告横田を、同月二七日に被告中島をそれぞれ会社に呼び出して事情を尋ねたうえ、その応答態度に改俊の情が見られないとして各一か月の懲戒休職処分をなし、更に、同年五月二二日付で宣伝活動の中止を求める最終警告書と題する書面を渡したが、これにもかかわらず同被告両名が右宣伝活動を継続したことから、昭和五七年五月二六日被告横田に対し、同月二七日同中島に対し、いずれも本件宣伝活動行為を理由に、それぞれ休職三か月の懲戒処分をなした。

その後も、右被告両名は、街頭宣伝活動を続け、被告米田は、昭和五七年六月一〇日ころから右宣伝活動に参加し始めたところ、会社は、同月一一日、同被告に対し、本件宣伝活動をする宣伝カーに乗車してはならない旨の業務命令をなし、これに従わない旨表明した同被告を出勤停止一週間の懲戒処分に付し、更に本件宣伝活動を継続した同被告を休職一か月の懲戒処分に付し、同年七月一八日、同被告の本件宣伝活動行為を理由に休職二か月の懲戒処分をなした。

また、会社は、被告らが処分中の同年七月、あけぼの会との間でスペア条項(「理由の如何にかかわらず、二か月以上の欠勤者が復職した場合その者はスペア(専用の担当車の割当がなく公休等により運転手のいない車に乗車するもの)となる。」という条項であり、タクシー運転手にとつてスペアになるか否かは労働条件に大きな違いがある。)を合意し、同年八月二六日、懲戒休職処分期間が満了して出社してきた被告横田に対し、前記スペア条項を承認するよう要求し、「会社の要求に直ちに応ずることはできないが、とりあえず、本日乗車すべき車両を指定するよう」申し入れた同被告に対し、あくまでスペア条項を承認しない限り乗務させることはできないとして、車両の指定をしなかつた。これにより、同被告は、当日以降就労できず、更に、それぞれ懲戒休職処分が満了した日の翌日である同年八月二七日及び同年九月一九日に出社した被告中島及び同米田も、被告横田と同様の理由で車両の指定がなかつたため、両名とも同日以降就労できなかつた(被告横田及び同中島は同年九月二四日、同米田は同年一〇月八日に、それぞれ会社の前記各就労拒否について当裁判所に仮処分申請をし、当裁判所は、同年一〇月二一日、右被告三名が就労できなかつたのは会社の責に帰すべき事由によるものであるとして、会社に対し、右三名の就労申出以降被告が乗務すべき担当車両を指定するに至るまでの間賃金を仮に支払うよう命じる決定をし、会社は、同月二六日、右三名に対する就労拒否を解いた。)。

四更に、本件宣伝活動の態様及びその影響についてみてみる。

<証拠>を総合すれば、本件宣伝活動の態様及びその影響について以下の事実を認めることができ同認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  宣伝活動の態様

被告らは、本件宣伝活動を始めた昭和五七年四月二〇日ころ以降同年一一月末ころまで、連日午前八時ころから、福岡市東区千早所在の被告横田方を出発し、テープに吹き込んだ別紙記載の文言を前記乗用車の拡声器のスピーカーで流しながら、午前中は主として天神、博多駅等の繁華街を回り、午後からは、会社の顧客が多く居住している東区を回つた。その際、途中に福岡市乗用車協会事務所、陸運局等のある合同庁舎、会社の取引銀行等の関係機関の前を通るように経路が選ばれた。なお、東区を回る際には、ほとんど毎日原告宅やその他の会社役員宅の周辺にも赴き、そこで特に速度を落としたり、転回したりし、これは、原告宅周辺道路が道路工事により通行困難になつたときにも続けられた。

また、原告は、腎臓病のため、週三回日赤病院で腎臓透析を受けていたが、同年九月ころ、血圧の異常により一時入院したところ、被告らは、その日赤病院の回りを宣伝カーで一周して宣伝活動をした。

(二)  宣伝活動の影響

本件宣伝活動のため、既に昭和五七年六月ころには、会社従業員がタクシーの乗客から何をやつているのかと尋ねられたり、やかましいと文句を言われたりしており、また、会社配車係に対しても、やかましくて眠れない、子供が泣いて困る等電話で苦情が申し入れられ、配車の予約は以前に比して減少ぎみであつた。そのため、顧客の減少による減収を危倶した従業員らは、あけぼの会として、同年五月三一日、会社に対し、宣伝活動を止めさせるよう求める要望書を提出している。

また、原告宅は、向かい側には老人ホームもある閑静な住宅地であつて、宣伝カーによる放送が騒音として問題になることから、原告及びその妻は、近隣住民との関係にも神経を使い、自分達が不在であれば被告らも宣伝カーを早く引き上げるだろうと考え、被告らの宣伝カーをやり過ごすため、毎日被告らが来るころに雨戸を閉めて居留守を使つたりもしたが、同年八月ころに至ると、原告の妻が、連日の宣伝活動による精神的負担から、自律神経失調症や神経性胃炎となり、九州大学病院に通院しなければならないほどであつた。同年九月三〇日には、原告宅周辺住民数名が、隣組の有志代表として、原告に対し、騒音によつて迷惑を被つているから本件宣伝活動を止めさせるよう善処してくれという内容の申入書を提出してきた。

五以上の事実に基づき本件宣伝活動の違法性を検討する。

(一)  まず、その宣伝活動の文言を検討すると、概ね三つの事実を述べていると見られるところ、その内容は、特に虚構の事実を含んでいるものとは認められない。すなわち、

1 第一の「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も守ろうとしていません。」という点は、前記二(一)で認定のとおり、当時組合を申立人、会社を被申立人とする救済命令が三件存在し、かつ緊急命令で強制された以外には会社がその命令をそのとおり履行していない事実が存在するのであるから、右文言に虚偽があるとは言い難い(行為の主体が会社ではなく会社代表者たる原告個人とされていることも、原告が現実に会社において実権を握つていることに照らすと、事実に反するとは言えない。)。

原告は、右命令につき会社が司法判断を仰ぐべく裁判所に提訴しているのに被告らがこれを殊更隠蔽している旨主張するが、なるほど行政訴訟を提起することは当然の権利であるにしても、そのこと故に救済命令の法的効力が無くなるものでないことは多言を要しないところであり、訴訟の結果救済命令が取り消されているならばともかく、本件においてはむしろ第一審において会社の取消請求が棄却されているのであるから、被告らが会社の行政訴訟提起について宣伝文句の中で何ら触れていないからといつて、これを非難することは相当でない。

2 第二の「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、労働組合を毛嫌いし、組合員に嫌がらせをしたり、差別や処分を乱発しています。」という点は、まず、前記二(一)で認定のとおり会社が被告らに対してなした各種懲戒処分が不当労働行為に該当することを前提にする救済命令及び裁判所の判決が数多く出ていることに照らし、被告らにおいて、会社が不当労働行為をしていると判断する相当な根拠はあると言うべきである。

また、前記二(二)で認定のとおり、交通事故に対する会社の対応を見ると、会社の従業員が約六〇名であることに照らすと組合員に対する処分の比率が極めて高いなど、会社が組合に対して差別をしている疑いがあるほか、会社が被告らに対して朝の点呼の際に嫌がらせをし、配車において差別をした事実はこれを認めることができるから、これらの事情に照らすと、被告らの右宣伝文言は、表現の当否はともかく、事実に反すると言うことはできない。

3 第三の「かえつて、瓜生社長は、慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。」という点は、前記二(三)で認定のとおり、被告横田及び同中島が慰安会や忘年会から排除されていることは間違いがないところ、この点につき、原告は、右慰安会等はあけぼの会の主催によるもので、会社は、費用の補助をしているに過ぎず、会社とは関係がないし、組合が同様の催しをする場合にはあけぼの会に対すると同じく費用補助する旨主張しているのであるが、形式的にあけぼの会主催とされていても、前認定のとおりそのあけぼの会自体が強く会社の影響力を受けている団体であるから、これを実質的に見て会社が「慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し」と表現してもあながち真実に反するものとは言い難い。

(二)  しかしながら、ある私的会社の内部において不当労働行為がなされているか否かは一般に公益に関する事実になるものではないから、宣伝内容が真実であるというだけで違法性が阻却されるとは解されないのであつて、形式的に名誉毀損に該当する行為が違法性を有しないと言うためにはその行為が社会通念上許された範囲内の行為であることを必要とする。そこで、この観点から本件をみてみると、一面では、組合と会社との労使関係、すなわちこれまで会社の組合に対する対応のなかに多かれ少なかれ不当労働行為に該当する行為が存在したこと、本件宣伝行為継続中の各懲戒処分及びスペア条項に見られる被告らに対する会社の対応等に鑑みて、組合が本件宣伝活動を行うようになつたことについては会社側ひいては原告にもその責任の一端があると評価できるものの、反面、本件宣伝活動が、その態様において、半年以上の長期に渉るものであること、その時間も連日朝から夕方にまで及ぶ執拗なものであること、原告ないしその他の会社役員宅の回りを狙つてなされていること、原告の入院中にはその入院先の病院の回りにおいてまで宣伝活動を行つていること、また、宣伝文言において、それを虚偽とは言えないまでも原告個人の名前を殊更繰り返していること、客観的な事実の摘示というよりある程度煽情的な表現になつていること等前記認定の事情に照らせば、本件宣伝活動は、最終的にはもはや社会通念上許容される枠を逸脱したものになつていたと評価せざるを得ない。

したがつて、組合活動として相当なものであるから違法性を有しないという被告らの主張は採用できない。

六以上によれば、本件宣伝活動は原告との関係において不法行為を構成することとなり、これを決定かつ実行した被告らには原告に生じた損害を賠償すべき責任があるところ、原告に生じた精神的損害は、本件宣伝行為の文言、態様及びその影響並びに背景事情等諸般の要素を考慮すれば金五〇万円と評価するのが相当である。

よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、不法行為に基づく損害金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年七月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項但書を適用し、仮執行の宣言については、その必要性がないものと認め、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤浦照生 裁判官倉吉敬 裁判官鹿野伸二は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官藤浦照生)

別紙宣伝文言

市民のみなさん 御通行中のみなさん こちらは全自交あけぼのタクシー労働組合です。

あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は労働組合を毛嫌いし、組合員にいやがらせをしたり、差別や処分を乱発しています。あけぼのタクシーの瓜生社長は地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も、守ろうとしていません。

かえつて瓜生社長は慰安会や忘年会から、組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。

あけぼのタクシーの瓜生社長は、地方労働委員会の命令を守れ

あけぼのタクシーの瓜生社長は、人権無視のいやがらせをやめろ

あけぼのタクシーの瓜生社長は、時代錯誤の労働組合敵視をやめろ

こちらは全自交あけぼのタクシー労働組合です。

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